平岡篤頼文庫 / HiraokaTokuyoshiBunko



印刷用表示 |テキストサイズ 小 |中 |大 |


平岡篤頼文庫 / HiraokaTokuyoshiBunko Last Updated 2017-10-25

5月17日 平岡篤頼文庫開館

スピーチ

根本昌夫

今日は、お集まり頂きありがとうございます。
お足もとの悪い中、こんなに集まって頂き、きっと平岡先生も喜んでくれてると思います。
今日は、緩い会なんですが、一応進行係を勤めさせて頂きます根本です。

自己紹介をしますと、僕は、平岡先生の文芸科の生徒で、お仲人もして頂いたり、小説担当の編集者でした。という事で、いつもこの様な会の進行役をさせて頂いております。
では、まず始めに奥様から一言。

IMG_5057.JPG

平岡不二子

本日はお足もとの悪い中、そして、皆様ご多忙でいらっしゃいますのに、このようにおいで頂きまして、本当にありがとうございます。
そして、この文庫を建ててくださいました、内藤廣先生には、こんな小さな物をお引き受け頂来ました事、本当にありがたいと思っておりますし、お忙しいなかをしばしば現地においでくださいました。本当に先生ありがとうございました。それから担当の好川さんも、私が色々無理な事を申しましても、快く色々お答えくださいまして、細かい事もお気遣いになって、やっとこの日を迎えることができました。改めてお礼申し上げます。

蔵書の整理を始めましたのは、一昨年の七月から十二月いっぱいまで、二人の方が東京の家で整理をしてくださいました。それからその本を、だいたい段ボール百箱程になりますのを、ここにもってまいりまして、こちらの和室でふりわけました。
かつて、二十年以上前に東京の書庫を建てました時に、夫が、最初に本を持って来た程ではないですけれども、そうやって自分で頑張って本を持ってきて、本をふりおとしたことがありますもので、私も本当に追分が好きなんだなと思いまして、ここに決めて良かったなと思っております。
そして春になりまして、友人が百箱の段ボールの開封と本棚に並べる作業をやって頂きました。そして、早稲文の方々が大勢、東京の自宅にまいりまして、主に和書を中心に選んでいただき、リストを作っていただきました。そして、早稲文の方が現地にお見えになって再度見てくださいました。そして夏には芳川泰久教授が院生の方を数人お連れになってくださいまして、再度、戸棚の本の並べ方など、ご指導してくださいまして、そしてリストの再検討もしていただきました。そして十月十一月十二月のはじめ、今年の四月になってからは、泊まり込みの方が、目録の完成までやって頂きました。
ホームページも作っていただき、まだ出来たばかりで完全なものではないですが、ご覧になって頂く事は可能です。

本当に皆さんの、色んな方の支えで、お力を貸して頂きまして、今日の日を迎えることができました。本当にありがたいことだと思っております。こんなに大勢の方に来て頂いて本当に嬉しいんでございますけれど、出来上がれば出来上がったで、これから、この文庫をどういうふうにしていったらよいか、私もやっぱり、先も限られておりますし、能力もないので、また皆様のお世話になったり、お力を貸していただいたりしなければならないと思いますけれど、どうぞよろしく、これからも見守ってくださいませ。
どうもありがとうございました。

根本昌夫

では乾杯の前に内藤さんのごあいさつでも。


IMG_5075.JPG

内藤廣

本日は、おめでとうございます。
私の大学の師匠の吉阪隆正、という建築家の方がおりまして。吉阪先生はフランスに留学をされていて、平岡先生の何年が上でして。
私が日本に帰って来てブラブラしている時に平岡先生をご紹介いただいて。ですから丁度もう25・6年前でしょうか。私の師匠の方が早く亡くなりましたが、それから平岡先生とのおつきあいが始まり、続きました。
ご自宅の設計のお手伝いをさせて頂いたり、そのご縁で今回文庫という事で、お手伝いをさせていただきました。

平岡先生との思い出といったら、私もヘビースモーカーでありまして、先生もそうで、ご自宅の現場をやっているときに、現場の影でたばこを吸っていたら、先生が別のところからポコっと見ていらっしゃって、一緒に吸う様になって。
とにかく何にでも興味を持たれる方でして、例えば、建てものを造るといったらば、職人さんの事とか、建物をつくりあげるプロセスを、とにかく子供みたいに興味をもっていらしたという記憶があります。

ここにも何度かお邪魔して、先生の話しを伺った記憶もあります。
思い出はたくさんございます。多分皆さんも先生の思い出が沢山あると思いますけれど、是非とも、この場所を、奥様が作られたこの場所を訪れて、先生を偲んでいただければと思っております。

実は、この場所はですね、私が伺っていたころより随分変わりました。
正面に建物がなく林の中でした。それが新しく建物ができて。
だから、どうしたものかな〜と思い、やはり木を植えるしかないな、と思い、木を植えてあります。
なので、植えたばかりの木が多いので、まだ見通しが良いですが、次第に元の風景に近くなってきますので、是非とも、またここに来ていただいて、だんだん昔の景色になるのを見て頂けたらと、それを感じて頂ければと思っています。

それと、奥様が碑を建てて欲しいとの事で、つい3日前に、ガラスのかたまりの記念碑ができあがりました。
素材を何にしようか…石にしようか、もっと違った物にしようか…と色々考えたんですけれど、石というのもどうも平岡先生らしくないなと。そんな、なんか剣石的なものをたてるっていうのもね。
だったら、ガラスだったらば、透明なさわやかな美しい物が自然の中、建ってるというのも良いじゃないかと、私のところの所員の好川に探させました。
そしたらあるぞと。こんなガラスの固まりが来ました。あんな固まりのガラスって滅多にないんです。それに、先生の関係の書の方に書いて頂いた文字を刻みこんであります。
あれはガラスですので、100年以上は、ひょっとしたら300年、建物は腐ってもガラスの柱だけは残ります。
この森に差し込む光によってですね、ものすごく色合いが変わって美しいらしいです。私も今日、この雨模様で見ただけですが、多分、光の加減では凄く美しい輝きを放つんだろうと思います。それも楽しみに訪れた時に見ていただけたらと思います。

根本昌夫

では勝谷さんに乾杯の音頭を。

勝谷誠彦

平岡先生の弟子、勝谷誠彦です。
先程も重松さんの花があそこにあるのを見て、何か胸が痛むというか、重松さんがあんなに立派に小説を書いているのに、私は、くだらない文章を書いたり、しょうもないテレビでしゃべってばっかりしていて、今日も何だか平岡先生が怒って雨を降らせている様な。
駅から歩いて来ようとしたにも関わらず、それすら出来ずと、タクシーをひろって、キセルをして、しかも手前で下りて、最後だけ歩いて来たという、私の人生の様な情けない気持ちですが、この文学館ができたことはまことに嬉しく。

いや...でも、最後だけでも歩いて来て良かったと思ってます。このアプローチの素晴らしさ。
ずっと歩いて来る行程そのものがですね、泥沼の道をいくような我々早稲田文学の様で。最後には美しい新緑が待っていて、ガラスの碑が建っているという事を信じて歩き続けている日々の様な気がいたしまして、そしていきつくと、この文学の泉が、あの本の山があるという事で、非常に今日は良い気持ちにさせて頂いております。

僕は実は、この近くの旧軽の三笠というところに家がありまして、今日も軽い気持ちでそこからくるつもりが、もう一年に何度も家に帰っておりません。もう朽ち果てておりますけれど、今日、実はある思いを胸にして来ましてですね。もう少し東京の仕事を減らして軽井沢の家にちゃんと住んで、小説を書いていこうと。今日皆様の前で、平岡先生の前で誓う次第であります。丁度、この何ヶ月か誓いつつあったところですが、今日皆様の前でちゃんと誓います。

車で10分ですから、時々ここに来て、平岡先生の碑を見て、平岡先生の本を見て。
さっき、僕のデビュー作である早稲田文学の学生編集号もちゃんとありましたので、それを見て初心にかえって、僕ももう48歳ですから、真面目に生きていこうと思います。
私、個人としてみれば、今日、そういう気持ちにして頂いただけで、ここに来た甲斐もありましたし、皆さんもおそらく、僕も見るまで、不二子さんがどういう事をお考えだったのか、分からなかったのだけれども、多分それは我々一人一人の心の中で、何かを受け止めるものの様な気が、私はしました。
今日は本当にすばらしい場をつくっていただきありがとうございます。平岡先生、ありがとうございます。
では、文学館の会館と、それから不二子さんのご努力、それから不二子さんをてつだってくださった皆様のご努力、それから皆様の将来と、そして平岡先生に乾杯!

根本昌夫

ありがとうございました。では、軽井沢高原文庫の副館長、大藤さんより。

大藤敏行

軽井沢高原文庫の大藤敏行ともうします。
存じ上げてる方も何人かいらっしゃいますが。
今日は平岡先生の文庫の開館という事で、誠におめでとうございます。
ご準備もご努力も本当に素晴らしいと思いました。
軽井沢高原文庫は、ここから3キロ、塩沢というところに1985年に開館した、民間の文学館でございます。
毎年夏に特別展を開催しておりまして、今年は、辻邦生先生の没10年というとで、今日も奥様がいらっしゃってますが、開催させて頂くことになっております。
軽井沢という土地が非常に文学に限ってみましても、独特な素晴らしい場所であると、私自身、不勉強ながら毎年毎年感じております。平岡先生にも以前エッセイを書いて頂いたり、中村先生の話しの中にも平岡先生が何度か登場され、そういう中で私自身は、それほど直接的にはかかわりはなかったですが、もっと勉強して平岡先生がやってこられたことを学んで行きたいと思います。
本日はおめでとうございます。